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キスの日
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――もっと女性らしく、もっと大胆に誘いたい――


自慢じゃないけど、ユウは文句なしの彼氏だと思う。
顔よし頭よし運動神経よし、おまけに料理上手で優しい。親衛隊がいるのも納得出来る。ちょーグッドを通り越して完璧かもしれない。

たったひとつ不満があるとすれば、優しすぎる事。私のことを大事にしてくれてるのはわかるし、嬉しい。
でもキスすら控えめなのはノーグッド。クラス1の秀才も、乙女心に関してはタギルよりマシな程度の成績ね。
キスをおねだりするなんて私のキャラじゃないから、絶対にユウからキスさせてやるわ。


「ねえ、アイル」

「なあに?」

「何かあった?」

「えっ?」

「今日、いつもより大人っぽいと思うんだけど……」

気の所為? なんて首を傾げるユウに、さあねって惚ける。香りに合わせて服装も変えた事は教えてあげない。


「結構空いてるわね」

「ブームはもう過ぎたんじゃないかな」

彼氏と恋愛モノの映画を観に行くのはベタだと思うけど、前から観たかったし久しぶりのデートだから気にしない。


テストが終わったら観に行こう。


ユウがそう言ってくれたから、難しい問題が解けた時に頭を撫でてくれたから、勉強も頑張れた。そのテストもやっと終わったんだし、ちょっとくらい甘い雰囲気を求めたっていいわよね。

「……あった」

空いてるけど広いから、席はあんまり見つけやすくない。

「すぐ戻るわ」

小さい子どもじゃあるまいし、トイレに行ってくる、なんて言い方はしない。まあこの場合、メイクが目的だから化粧室って言えばいいんだけど、内緒にしたいからこれもなし。


鏡の前で取り出したそれのダイヤルを慎重に回す。カチカチと音を立てて、白いバネが透明な液体を押し出す。刷毛に乗った液体から、ほのかなローズの香りが漂う。
丁寧に塗ると、唇がさっきと全然違うって思えるくらい艶やかに見えた。

「よし!」

角度を変えて確認しても変なところはない。ユウがどう反応するかが、最大の問題なんだけど。

席に戻ってすぐブザーが鳴って暗くなったから、会話はなし。上映中のマナーとコマーシャルフィルムはすぐに終わって本編が始まる。
恋愛モノだから手を繋いだり、抱き合ったり、キスだってする。観てて恥ずかしいって思うより、ユウももっとこんな風にしてくれたらな……って思う気持ちの方が断然強い。それをちゃんと言えない私はスクリーンの中のヒロインみたいに可愛くないけど。
本編が終わって気の早いお客さんが出始めた頃、背中に軽く手が触れた。

「ユウ?」

どうしたのかと尋ねる前に、唇が塞がってしまった。

「……アイル」

ほんのちょっと掠れた声で私の名前を呼ぶと、ユウはまた顔を近付けた。何度も何度も、劇場が明るくなるまで。

「ユウ……」

「い、行こうか……」

いつもより緩く手を繋ぐ。帰り道は話をするどころか、恥ずかしくて顔も見れなかった。

「アイル……」

ユウの家に着いて抱きしめられて、ようやく言葉が出た。

「……ユウ、さっきの……」

「公共の場だから1回だけにしようと思ったんだけど、いい香りがしたし……キスが気持ち良くて……」

真っ赤になりながらそんな話をするユウを見るのは初めてで、すごく満たされた気がした。

「ありがと……もっと、して……」

おねだりなんてキャラじゃないって思ってたのに、自分でもびっくりするくらい素直に言えた。

「あとで絶対塗り直さなきゃ、だね」

そう言って笑うと、ユウはいつもより大人のキスをしてくれた。ローズの香りが漂う、大胆で官能的なキスを。
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