1/3ページ目 「今度の日曜?」 「ああ。来てくれるか?」 久しぶりに会った蛍君から、コンサートに誘われた。しばらく顔も見ていなかったせいか、自分の好きなことで充実しているからか、かっこよく見える。 「他のみんなは?」 「みんなって?」 「光希さんたちも誘ったの?」 「いや、最近忙しくて会ってないし、それぞれ予定もあるだろ」 「じゃ、どうしてすずのことは誘ってくれるの?」 ここで蛍君は、びっくりするくらい優しい笑顔をした。光希さんになら見せたことがあるかもしれない。そんな笑顔。 「嫌か?」 そんな優しい笑顔で、そんな甘い声で聞かないでよ。変にドキドキするじゃない。 「べ、別に、嫌じゃないけど……」 「なら、来てくれるな?」 「す、すずのために弾いてくれるなら、行ってあげてもいいわよ?」 「約束だぞ?」 「えっ……?」 「待ってる」 ぽんと軽く頭を撫でて、蛍君は行ってしまった。日時と会場までの地図が載っている紙を残して。 家に帰ってからも、笑顔を思い出す度にドキドキして顔が熱い。蛍君よりも遊やマイケルの方がずっとキレイなのに。 ――俺もお前も、イヴなのにひとりぼっち。仲間だろ? 閉店後のLIZARDで、気を遣ってくれたことがあった。あの頃は遊に夢中だったから、そこまで深く考えなかったけど、蛍君は誰にでも優しいわけじゃない。あんなに光希さんのことが好きだったのに、あたしに優しくしてくれたのはどうしてなんだろう? 答えが出ない中、コスメの仕事の日が来た。恋した相手だけに見せる、可愛いピンクのリップ(珍しいことに、ハケでもスティックでもない)。この仕事をすれば蛍君に対する気持ちの答えは出るのかな? 「すずちゃん、ちょっといい?」 「はい?」 「今、好きな子いる?」 「え……?」 撮影が進まないと思ったら、突然こんな話を振られた。自分で自分の気持ちが分からないから、答えられない。 「気になる人は?」 「…………います」 「その人のことを考えてみて。すずちゃんが素敵だなって思える姿を」 素敵だと思える蛍君の姿。やっぱり、ピアノを弾いている姿かな。ハロウィンパーティやコンクールの時じゃなくて、イヴにお客さんのいないLIZARDであたしのために弾いてくれた時の。 「そうそう、その表情。今度はちょっとだけ左向いて。今のすずちゃん、すごくいい顔してる!」 恋するリップにぴったりってことは、やっぱり蛍君が好きなのかな? 蛍君が光希さんとふたりきりでいるところを想像したら、絶対にないって分かっててももやもやした気持ちになる。光希さんと遊が抱き合ってるところを見ても、納得できなかっただけでこんな気持ちにはならなかったのに。 「すずちゃん」 「は、はい!」 「今は他の人のことを考えないで。その人のことだけ考えて」 「はい……」 他の人には見せない(と思う)優しい笑顔、頭を撫でてくれた暖かい手。耳に残る甘い声。また心臓がドキドキしてる。やっぱり、蛍君が好きなんだ。 日曜日、せっかくだからともらってしまったリップを塗ってコンサートに行った。久しぶりに聞くピアノの音色は相変わらず素敵だけど、十八番であるはずの「For You」は弾かなかった。蛍君本人の作曲で人気もあるのに。 「お疲れ様」 「ありがとう」 多分だけど疲れているのに、蛍君はこの前と同じ笑顔を見せてくれた。好きって自覚してるし、楽屋でふたりきりだから、街中で話すよりもドキドキする。リップに気付いてくれるといいな。 なんて考えていたら、突然額を小突かれた。 「なっ、何?」 「最近、頑張り過ぎじゃないのか?」 「え……?」 「休みの日くらい普通にしろよな」 彼の視線を追って机の上に目を向けると、表紙にリップを付けたあたしが載っている雑誌。どうして蛍君が持ってるんだろう? 「俺が今日のコンサートに誘ったのは人気モデルじゃない。佐久間すずっていうひとりの女の子だ」 告げられた言葉の意味が分からなくて、反応に困る。人気モデルじゃなくてひとりの女の子って、どういうこと? 頬に触れた手が下がり、綺麗な指が顎を掬い上げる。 「俺には素を見せてくれてると思ってたんだぞ?」 「ちょ、ちょっと待って! あたし、オフの日でもファッションには気を付けてるけど、蛍君と逢わない時にこのリップは使わないよ?」 「…………どういうことだ?」 表紙見ただけで中身は知らないの? 鋭いんだか鈍いんだか。 「蛍君にしか見せないってこと」 勢いで言い切って爪先立ちになった。ここまで言えば分かるでしょ? 「ありがとう」 照れくさそうな笑顔で、蛍君は顔を近付けてくれた。 「順番、逆になっちまったな」 「順番?」 「好きだ」 「蛍君……」 「蛍でいい」 「昔は嫌がったのに」 「君付けの方が良かったのか?」 「ううん。嬉しいよ、蛍」 期待していたのとはちょっと違うけど、想いが通じてすごく幸せ。 「大好き」 恋するリップにもらった勇気のお陰で、両想いになれた。 <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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