1/6ページ目 揺らぐことない愛 滑らかな手が離れたのを感じて、光は瞼を開けた。 「熱はないし、だいぶ落ち着いてきたわね」 「うん」 「でも……」 「海ちゃん?」 額に当てていた手で口元を覆い、海はくすくすと笑い出す。きょとんとした光にいたずらっぽい笑顔を見せて、親友は秘密の話を打ち明けた。 「ランティスにお願いされたの。『ヒカルのことを頼む』って」 「え……?」 耳に入ったはずの言葉は頭に届かず、何を言われたのか瞬時には理解できなかった。時間の経過と共に耳の奥で木霊する言葉に、頬が熱を帯びていく。 「も、もう……ランティスったら。子どもじゃないんだから……」 「心配なのね。今は光ひとりじゃなくなったもの」 初めて新しい命を授かったのだから、彼が必要以上に心配するのも無理はない。たとえ信じる心が力になる世界でも。 「光のことを信じてるわ、あの人。だけどどうしようもなく不安なこともあるの。うちのパパも私が産まれるまで、ママに何かあったら……って不安になったことがあるって言ってたから、男の人は多かれ少なかれみんなそうなんだと思うわ。それを分かってあげて」 「そっか……そうだよね」 「無茶はしないで、元気な赤ちゃんを産んでね。もちろん、母子共に健康でよ」 「うん、約束する。みんなが信じてくれるから、絶対大丈夫だよ。私も、この子の成長をすぐ傍で見守っていたい」 「約束ね」 軽く小指を絡ませると、海は鞄から小さな包みを取り出した。四角いものが風呂敷に包まれている。 「何? これ」 「光のお母さんからの預かりものよ。あなたが喜ぶだろうって」 解いた包みから現れた表紙には、青空と雪原を背景に幼い兄妹が描かれている。 「わあ、懐かしいなあ。海ちゃん、ありがとう」 ぱらぱらとページをめくると同時に蘇る、この物語を読んだ時に感じたぬくもり。雪国や狐に想いを馳せた日々。東京に住んでいてはそんな幻想的な出来事はなかったけれど、彼女はこの話に負けないくらい素敵な物語を紡いでいる。 「ランティスが帰ってきたら読んでもらうね」 「光……それ、童話だと思うんだけど……?」 「それがどうかしたのか?」 「ランティスって、セリフとか音読するの?」 意表を突く質問に答えを返せず、しばらく黙り込んでしまった。 夕食後に本を見せて頼んでみたところ、「地の文なら」という答えが返ってきた。膝の上に光を座らせたランティスは、丁寧にページをめくって読み始める。 「雪がすっかりこおって、大理石よりもかたくなり、空も冷たいなめらかな青い石の板でできているらしいのです」 「かた雪かんこ、しみ雪しんこ」 「お日さまがまっ白に燃えて、ゆりのにおいをまきちらし、また、雪をぎらぎら照らしました。木なんか、みんなザラメをかけたように、霜でぴかぴかしています」 「かた雪かんこ、しみ雪しんこ」 (聞こえてる? このお話はね、母様が小さい頃によく読んでもらってたんだ。あなたも気に入ってくれるといいな……) 「あっ……」 「どうした?」 「今、動いた!」 幼い頃の自分と同じように、この物語のぬくもりを感じてくれているのだろうか。まだ見ぬ我が子と、この子を授けてくれたランティスに愛しさがつのる。この気持ちをいつまでも忘れずに揺らぐことない愛を示し続けていきたい。 どちらともなく口付けを交わし、ふたりは朗読を再開した。 <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
[編集] |