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キスの日 2017
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In the mirror over

ぽすんとベッドに身を投げたまま、何かをする気にはなれなかった。髪を撫でてくれる大きな手も、低く優しい声も、恋しくて仕方がない。逢えない寂しさが雫となって眦を伝い始めた時、ノックの音で現実に戻された。
「はい……」
 扉を開けると正面に人の顔はなく、大きな杖が目に入った。
「クレフ? どうしたんだ?」
「……今、大丈夫か?」
「? うん、いいよ」
 泣いていたことに触れられなかったことにほっとしつつ、彼女はクレフを部屋に招き入れた。

「ヒカル、鏡の前に立ってくれ」
「こう?」
 部屋に備え付けられた鏡に自分の姿が映る。目元が僅かに赤くなっていた。
「上手くいくかは分からんが……」
 クレフがとん、と床を杖で突くと鏡面に波紋が広がった。
「え……?」
『ヒカル』
 波紋が収まると、そこには逢いたくてたまらないひとの姿があった。
「ランティス? どうして……?」
 オートザムに行っている筈の彼が鏡に現れれば誰でも驚くだろう。掌を重ねても鏡面の冷たさが手に届く。
『お前に逢いたくて、導師に無理を言った』
「しかし、私の力でも長くは持たん。貴重な時間を無駄にするなよ」
 そう言い残して、クレフは部屋を出て行った。そんな風に言われてしまえば、1秒でも惜しくなる。もっと髪を整えておけばよかったと、ベッドに飛び込んだことを少しばかり後悔した。
「ありがとう。私も逢いたかったけど、仕事だから無理言えなかった……」
『今度はちゃんとセフィーロで待ってる』
「うん」
 直接手の温もりを感じられなくても、心が彼の温もりを受け取っていた。単純と言われてもいい。こんな風に話ができるだけでも嬉しかった。
「あっ……」
 ランティスの姿が霞む。彼女は慌てて言葉を紡いだ。
「ありがとう、ランティス。大好き!」
『俺もだ』
 鏡越しにそっと唇を重ねる。閉じた瞼に眩い光が伝わると、鏡にはもう彼の姿はなかった。
(ありがとう、ランティス。ありがとう、クレフ)
 思いがけない温もりと幸せに包まれながら、彼女は部屋を後にした。
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