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Valentine 2018
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 バレンタインはランティスにとって最も嫌いな行事だった。何もそこかしこでいちゃつくカップルが鬱陶しいとか、本命からもらえず悔しいのではない。本命へ代わりに渡して欲しい、と頼んでくる女子が驚くほど多いからだ。紙袋をいくつも持って渡しに行くこちらの身にもなって欲しい。更にその本命が律儀にお返しをするタイプならまだ渡し甲斐もあるのだが、誰に対しても特別な眼を向けない親友と、本命以外は冷淡と言ってもいいくらい無関心な兄とあっては何と言っていいやら分からない。だから彼はバレンタインが嫌いだった。

「あの……」
 今日ばかりは声を掛けられてもまたか、という気しか起きなかった。それでも無碍にできない辺り、自分は案外律儀なのかもしれない。
 声を掛けてきたのは赤い髪に紅い瞳が印象的な少女だった。その手に小さな紙袋が握られているところを見ると、彼女も同じ用件なのだろう。
「誰宛てだ?」
「え……?」
「ザガートか、イーグルか?」
 彼の質問に戸惑った様子を見せながらも、少女は遠慮がちに袋を突き出した。
「……あなた宛てに」
「……俺?」
 思わず聞き返してしまったが、恥ずかしそうに頷く彼女が噓を吐いているようには見えない。しかし、次の瞬間ひとつの疑問が沸いた。自分は彼女を知らないのだ。わざわざバレンタインにチョコを用意してくれたのだから、今日が初対面ということはないのだろう。駅のすぐ外で声を掛けてくれたということは同じ駅を利用しているのかもしれないし、どこかで見かけた可能性も否定できない。顔に浮かんだ疑問符に気付いたのか、少女はぽつぽつと話し始めた。
 間近に迫った夏休みに心弾ませていた頃、満員電車の中で誰かの手が触れた。当たっただけかと思ったその手は太ももから少しずつ上に滑り、漸く痴漢だと気付いたのだという。身動きが取れず、されるがままだった彼女のスカートに手が入りそうになった時、電車が止まり手から離れられた。それでも誰が痴漢なのか分からず、不安だった彼女を庇うように立ったのが彼だというのだ。
「混んでたからたまたまだとは思うけど、護られてるみたいですごく安心できたんだ。ほんとはその時にお礼が言えたらよかったんだけど、話し掛けるタイミング逃しちゃって……」
 だから、と再び紙袋を差し出される。
「迷惑じゃないなら、受け取って欲しい」
「俺は甘いものは嫌いだ」
 嬉しいくせに照れくささを隠そうとして、意地の悪い言葉が出てしまった。少女は大きな瞳を瞬かせると、ほっとしたように微笑む。
「よかった。ビターチョコ選んだから、甘党だって言われたらどうしようかと思った」
「……何故?」
「なんとなく、甘いものは苦手そうだなって思って……」
 ずっとあなたのこと見てたから、と頬を赤らめる彼女に温かい気持ちがこみ上げてきて、ランティスはそっと彼女を抱き寄せた。
「ランティスでいい」
「ランティス?」
「ああ。お前は?」
 小さな手で服の裾をきゅっと握ると、ヒカル、と囁いた。耳元で名前を呼べば花のような笑顔に見上げられる。
「ありがとう、ヒカル」
 こんな気持ちになれるなら、バレンタインも悪くはないなと考えを改めたランティスだった。
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