1/3ページ目 「いらっしゃい。寒かったでしょ? 上がって」 「お、お邪魔します……」 柳宿の部屋には何度か来たことがあるけど、最近は爽やかで男っぽい感じの香りがする。付き合い始めた頃は女の子らしい甘い香りだったのに、香りが変わったことで男の子なんだって前より意識しちゃう。 でもずっとはどきどきしてられない。今日は両想いになって初めてのバレンタインなんだし、喜んでもらえるように頑張らなきゃ。 「柳宿、キッチン借りていい?」 「ダーメ」 「え……?」 予想外の返答に固まっていると、両手をすっと包まれてそのまま柳宿の口元に――。柔らかい感触がした瞬間、びくっと体が震えた。 「こんなに緊張してるのに包丁持って、怪我でもしたらどうするの? 解れるまでこのままでいなさい」 口調は軽やかなのにその瞳は真剣で、あたしのことを大切にしてくれているのが分かる。強張っていた手が優しくさすられて解れていく。あんなに緊張してたのが嘘みたい。 「そろそろ、いいかしら?」 「うん……ありがとう」 ちょっと離れただけで柳宿の手が恋しくなったのは、内緒にしておこう。 牛乳を温める横でチョコレートを刻む。この苦い香り、自分で食べるなら絶対買わないだろうなぁ。チョコと牛乳を馴染ませてる間、お皿に一口大に切ったカステラやマシュマロ、フルーツを並べた。フォークを添えて先に運び、チョコが綺麗に混ざったら出来上がり。 「柳宿、お待たせ」 鍋敷きの上にチョコの入ったお鍋を置く。気に入ってもらえるかどうか気になって、また緊張してきた。そんなあたしをよそに柳宿はフォークを手に取る。 「いただきます」 カステラにチョコを絡めて口に運ぶ仕草も綺麗。あんまり見てると食べにくいかもしれないけど、気になって結局ずっと見てた。 「ありがとう。おいしいわ」 「本当?」 まだ安心できないあたしに、彼はにっこり笑ってこう言った。 「はい、あーん」 目の前にはチョコの絡んだイチゴが差し出されて、その意味が分かった途端に恥ずかしくて頬が熱くなる。恥ずかしいけど、ただのイチゴがすごくおいしそうに見える。ぎゅっと目を閉じて口を開けると、苦いチョコの味がした。噛みしめると甘酸っぱさが混じって広がる。 「…………甘い」 「ね、おいしいでしょ?」 「うん……」 優しく抱きしめられて頭を撫でられる。緊張が解けて、どっと疲れが出てきた。 「美朱、大好きよ」 「あたしも……ん」 触れ合った唇からはほんの少しビターチョコの味がしたのに、この上なく甘かった。 <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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