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Valentine 2020
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『明日の放課後、校舎裏に来てください』
 こういった手紙の用件は、告白の呼び出しと考えるのが自然だろう。しかし用件が予想できたところで問題解決とはならないものだ。手紙の送り主もわからないし、違う用件かもしれない。この手紙から梓が判断できるのは字の綺麗な人ということくらいしかなかった。

 2月にしては暖かい気候が幸いして、外で待つのはそれほど苦ではなかった。それでもまだ日暮れは早く、西の空はもう茜色に染まっている。夕焼けを見るともなしに見遣り、梓は呼び出しの手紙を取り出した。質のいい紙に整った文字。未だに現れない差出人。
 遠くから時報の音楽が聞こえてくる。東の空は少しずつ藍色に染まっており、西の空の夕焼けも先程より鮮やかで――。
「梓くん」
 呼びかけにはっとして振り返れば、そこには花束を抱えた美少年の姿。度々王子扱いされるだけあって、その様は実に絵になる。
「すみません。寒い中お待たせしてしまって」
「お待たせ? もしかしてこの手紙、秋兵さんが?」
「はい」
 手紙の差出人を名乗る彼――秋兵が自分を呼び出したことに戸惑いを隠せない。今日を指定したこと、彼が花束を持っていること。まさかという疑問が膨れ上がっていく。
「あの、秋兵さん――」
「梓くん」
 手紙を持ったままの手を恭しく取られ、そのまま軽く指を絡められる。梓が思っていた以上に冷えていた指先は熱を持ち始めて。

「僕の恋人になっていただけませんか?」

 花束を差し出すその手は僅かに震えていて、彼の緊張が伝わってくるようだ。どう答えればいいのか、受け取っていいのかもわからない。頭が真っ白になって考えが纏まらない。
「秋兵さん……」
 秋兵が魅力的な人だということは彼女も知っている。物腰柔らかで優しい彼は、華やかな容姿も相俟って非常に人気が高い。その言動から軽い人だと思われることもあるが、いつだって誠実で誰に対しても分け隔てなく接する。そんな秋兵が、平凡な自分を好き?
「今の、言葉……」
「はい、君に交際を申し込んでいます」
 はっきり言葉にされると少しずつ現実味を帯びてくる。それでもまだ信じられない気持ちが強くて。
「いいんですよ。嫌だったら、はっきり断ってくださって」
「嫌だなんて、そんな……」
「おや。それでは期待しても構いませんか?」
「それは……」
 言葉が出ない。迷子の子どものようにどうしていいかわからず、返事をしなければと思いながらも何も言えない。
「すみません」
 優しく頭を撫でられ、顔を上げる。申し訳なさを滲ませた瞳には、今まで梓が見たことのない熱っぽさも垣間見えた。
「今すぐに返事をくださいとは言いませんから、今日のところはこの花を受け取ってはいただけませんか?」
 細い花びらを携えた黄色の花。ガーベラだ。
「は、はい。ありがとうございます」
「それと、もうひとつ」
 絡めた指を離すや否や、すっと差し出される。
「お待たせしてしまったお詫びに、姫君をお送りしてもよろしいでしょうか?」
 気付けば空には宵の色が広がっている。思いの外時間が経っていたらしい。
「秋兵さんさえよければ……お願いします」
 暗い中ひとりで帰るのは少し心細く、素直に申し出を受け入れた。手の温もりが心地よくて鼓動が高鳴る。頬の赤みを暗闇が隠してくれるように願いながら、梓は花束を抱え家路についた。
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