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「…ヤマトが来ない」

「仕方ないでしょ、3人分のお弁当作らなきゃいけないんだから」



中学2年生になろうかという春。
天気もいいし特に予定もなかったからお花見をすることになった。
もっとも、そろそろ私達が落ち着く機会を作る為に、ヤマト君がお弁当を引き受けて場所取りの私と太一を2人きりにしてくれたんだけど。

でも隣で暇そうにしている幼なじみは、そんなことには全く気付いてなくて、結局いつも通り。
昔から鈍いのは知ってるけど、2人きりなんだからちょっとは気付きなさいよね。
例えば、私があの時もらったピン留め使ってることとか。


「眠い……」

「お花見に来たのに、寝てどうするのよ」

「春眠暁を覚えずって言うだろ?」

「言うけど、満開の桜なんだから見ないともったいないじゃない」

でも最近、地球温暖化なのよね。
小学校に入学した年には、「さーくらさいたらいちねんせーい」って歌ったけど、そのうち「さーくらちったらいちねんせーい」になりそうね。

「空は眠くないのか?」

「別に…」

ヤマト君が気遣ってくれてるのは分かるけど、正直私も待ちくたびれたから、ミミちゃんに聞いたあのジンクス試してみようかな。

ひらひらと地面に舞い降りる桜の花びらを捕まえようと手を伸ばす。
でも簡単そうに見えてこれがなかなか難しい。
桜の花びらは私から逃げるように落ちていく。


「ほらよ」

上手く捕れない私を見かねて、太一が1枚の花びらを捕ってくれた。


「私が捕らなきゃ意味ないのよ」

「なんでだよ?」

「……桜の花びらが落ちる前に掴めたら恋が叶うっていうジンクスがあるのよ」

「なんだ、そんなことか」

「なっ…、そんなことって何よ!」

人が勇気出して言ったのにそんなことですって!?

「太一には恋が分からないの?」

「怒るなって」

「これが怒らずにいられると思う?」

「そうじゃなくて」

「じゃあ、何なのよ?」

「ジンクスとか占いに頼る必要なんてねぇよ、空だったら絶対上手くいく」

「どうして?」

「空は愛情の紋章の持ち主だぜ。もう昔みたいに迷うことねぇだろ?」

3年前に太一に励まされて、その後の会話を思い出して顔が熱くなった。
どうしてこうも恥ずかしいことさらっと言っちゃうのかしら。
おまけに鈍感なんだから。


「まあ、それでも気になるんならさ」

「?」

次の瞬間、そっと手を握られた。
途端に体が熱くなり、顔が赤くなってしまう。
だけど今度は、桜の花びらが私の手のひらに降りてきた。

「頑張れよ」

ただ一言。
それまでとは違った真剣な瞳で、太一はそう言った。


「太一のバカっ!」

「バカはないだろ!?応援してるのに」

「…好きな人から応援されたって…嬉しくも何ともないよ…」

どうしてこうなるんだろう?
ちゃんと好きって言いたいのに。
情けなくて視界がぼやけてきた。
泣いたから何かが変わるわけでもないのに。


「ごめん」

少ししてから、その言葉が耳に入ってきた。
顔を上げれば太一が申し訳なさそうにしていた。

「太一?」

「空の気持ち、全然考えてなくて。あの時とちっとも変わってないよな」
「…………」

「俺も、空が好きだ」

その瞬間、私は時間が止まったかのように固まった。
太一の声が頭の中でリフレインを繰り返している。


「好き?私を?」

「そうだよ!…ちゃんと叶っただろ?」

「もう!ごめん、なんて言うから振られたかと思ったじゃない!」

「俺がバカだったこと謝ってるんだ」

「ややこしいのよ。急に真剣な顔するから」

口ではそう言いながらも、嬉しいのは変わらない。安心したら急に眠くなっちゃった。

「…ヤマトが来ない」

「それじゃ、来るまで一眠りする?」

「おう」

暖かな春の陽射しの中、桜の木に凭れ掛かって2人夢を見る。今度ピヨモンに逢ったら、お母さんだけじゃなくて太一と上手くいったことも報告したいな。
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