それは蛍火のように儚く
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 揺らめく橙が薄い紙に火を灯し、ふわっと周囲を照らした。紺色の浴衣に淡い金糸の髪がよく映え、翠の瞳はきらきらと輝いている。
 自分の分を手にすると鮮やかな火花が近付き、点火してくれた。腕が触れそうな距離に跳ねる鼓動を抑えつつ、目の前の景色を見つめる。すぐに散るものなのに少なからず楽しいと思うのは、誰かと過ごす心地よさを知ったからか、あるいはその相手が彼女だからか。両方だろうと確信して次の花火を手に取る。
 色とりどりの花が咲いては散っていく。そんな光景を幾度となく繰り返し、最後に手にしたのは蛍のような小さな灯りからこれまた小さな火花を咲かせるものだった。ぱちぱちと爆ぜる音がやけに響く。やがて粘りに粘っていた光が地面に落ちると辺りは静寂に包まれた。
「輝二、ありがとう。すごく綺麗だった」
 暗がりでもわかる満面の笑顔を向けられ、思わず顔を背ける。
「お、俺も楽しかった……」
「ほんと? またやろうね」
 小さく頷いて後片付けを済ませる。

 元はと言えば、みんなで先週の花火大会に行くはずだったのだ。ところが台風が近付いているからと直前になって中止が報じられ(振り替えはなし)、あまりに落ち込んだ様子の彼女を放っておけず、近所の河原でいいなら花火をしないかと誘っていた。気が付けば。他の友人たちにも声は掛けたが揃いも揃って都合が悪く、それを聞いた兄には『俺はそんな野暮なことしない』と断られた。

 兄の言葉を思い出して熱くなった頬をそよぐ風が撫でる。彼女に目を向ければ、暗がりの中にぼんやりと浮かぶ髪を風に遊ばせていた。
「綺麗だ」
「え……?」
 白い頬が夜目にも明らかなほど染まるのを見て、思考が声に出ていたことに気付く。
「あ、いや、その……」
「っ!」
「泉!?」
 バランスを崩し両手を地面についた彼女の前に屈む。幸い小石も草もなく、怪我の心配はなさそうだ。
「大丈夫か?」
「足痺れた〜」
「……は?」
 そう言えば花火をしている間ずっとしゃがんでいたし、終わった後も彼女は体勢を変えずにいた。緊張が解れると同時に笑いが零れた。
「……っく……くくく……」
「ひっどーい! 笑わないでよ!」
「わ、悪い……」
 先ほどとは違う原因で赤面した彼女の機嫌をこれ以上損ねないように、なんとか笑いを収める。立ち上がった彼女の手や浴衣に付いた砂を払っても、ふたつの翠は拗ねたように川の方を向いている。
「泉」
 名前を呼べば漸く視線が交わる。翠の瞳は僅かに揺れていた。
「笑って悪かった。機嫌直してくれないか」
 揺れが波紋を起こしたかと思えば目を逸らされ、白い手が差し出される。
「手、繋いでくれたら……直す」
 遠慮がちに手を重ねると軽く指を絡められる。波打つ鼓動が伝わるんじゃないかとどきどきしながら、ゆっくりと帰路に就いた。
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